2002/05/21〜06/02 フィリピン ドマゲティ 撮影記

顛末 総括編

 

クレジットカードに、自動的に海外旅行傷害保険が付加されていたので、今回は海外旅行傷害保険には特別に入って行かなかった。
行きの飛行機の中で壊してしまった、レンズ2本 EF70-200mm F2.8L ISとEF28-70mm F2.8Lは修理に出した。
保険は1品 10万円まで、合計30万円まで。
修理費はどちらも10万円以内だったので、全額保険で修理費が支払えた。
まずは、良かった。

フィリピンやバリの田舎町で感じることは、人の心の豊かさは物やお金じゃないとつくづく感じさせられる。
飢えは嫌だが別に贅沢な物は食べなくても、健康に生きて行ける分だけ食べらればと思う。
でも、いざ日本に帰ってきてしまうと、やはり物や金無しでは生きていけないと痛感させられる。

私が半永久的休暇をもらうまでの夢は、定年退職まで無事勤め上げ、退職までに1億円をためること。
定年退職後は物価の安いフィリピンで年金暮らしして、1億円を軍資金に世界中の子供達を撮り歩こうと考えていた。
しかし、半永久的休暇をいただいてしまったことで、夢ははかなく散ってしまった。

就職先を探しつつ、フィリピンにはまた行くつもり。
で、ダイビング機材は全て、現地のダイビングショップに預けて来た。
旅行会社とも連絡をとってフィリピンに行こうと計画すると、何故かパラパラ就職面接の要請とかあってなかなか計画が進まない。
ドマゲティのホテルで知り合いになった女子大生からも、また来てくださいと、電話とか電子メールとかも来るので、行きたいのはやまやまなんですが。

そうこうしているうちに、彼女は大学を卒業して就職。
セブ島の方に行ってしまった。
ドマゲティにはセブ経由でも行けるので、行き帰りセブに立ち寄れば彼女に会ってからドマゲティに行くことはできた。
しかし、先ほど書いた就職関係の事情もあってなかなか行きそびれている内に、電話もメールも段々来なくなり疎遠になってしまった。

ま、フィリピン以外の国にも行ってみようと、メキシコとかトルコ,バングラディシュの旅行案内書を買ったり、ネットで調べてはみるが、計画はなかなか進まなかった。

そうこうしているうちに、2002年9月だったかな、やっと1社から内定が出る。
親会社の役員さんにご挨拶の意味もあって、最終面接を受けて欲しいとの要請があった。
余程の事が無ければ、そこで正式採用になるとのことだった。
しかし、何故かその役員面接の前日、電話が来て内定取り消しとのこと。
理由を問い合わせるが、理由は話せないとのこと。
これで、一気に就職への意欲が減退してしまった。

それでも、東京人材銀行へ通って求人情報を探したり、会社側から面接要請が来たりはしていた。
でも、まだ日本経済はどん底状態。
なかなか、就職先は決まらない。
そうこうしている内に、300日支給期限の失業保険給付期限も切れてしまった。

就職先もなかなか決まらないし、それなら少し趣味の写真でどこまでやれるかチャレンジしてみようと決意する。

実は、会社を辞める前から、何とか一度は個展を開催しようとオリンパスギャラリー,コダック フォトサロン,フジ フォトサロン,キヤノン ギャラリー,コニカミノルタ ギャラリーの公募展に作品を応募していたのだが、なかなか審査が通らなかった。

それならと、審査もなく費用も安めのギャラリーが無いか探していたら、ネット仲間がラボに勤めていて、そこでプリントを依頼すれば、ギャラリーは無償で貸してくれるということ。
それならと、そこで個展を開催することにした。
タイトルは「Smiley Islands」 
ドマゲティやその周辺で撮った子供達の写真を展示することにした。
開催概要は、期日:;2003年6月23日(月)〜7月9日(水) 場所は、東京 浜松町のフェニックス アートギャラリー。
個展で展示した作品等を見たい方は、こちらを参照してください。
多くの方々にお越しいただき感謝感激でした。
しかし、会場でお越したプロカメラマンらしき人から、子供達の写真で商売になりますかと言われてしまった。
確かに、そうかも。
結局、この個展開催で新たな道は拓けなかった。

その後も、いくつかの公募展に応募するが、なかなか審査に通らない。
一度は大きな賞を取ろうと、エプソンのカラーイメージングコンテストも応募し続けているが、2001年に佳作入選した後は、吹かず飛ばず。
その間も、花や、イベントものを撮影していたのだが、うだうだ時間と,金だけ使う結果となってしまった。

2003年の秋に、渡良瀬遊水地に行って霧の風景に魅せれてしまう。
これを、切っ掛けに天気が良ければほぼ毎日に近く渡良瀬遊水池に通い撮影を続ける。
そうこうしている内に、ここは猛禽類も多いと言うことが判り、猛禽類も撮影することにする。
ここで、鳥の名前や、どこどこにどういう鳥がいるとか親切にアドバイスしてくれる人がいて非常にありがたかった。
2003年の晩秋から2004年の春にかけてはコミミズクハイイロチュウヒの当たり年で毎日好き放題に撮影できた。
ネットで情報が流れたためか、多いときには200人以上が撮影に来ていることもあった。
これもあって、ますます渡良瀬遊水池にはまりこんでしまった。

2004年初夏になって渡良瀬遊水池に霧も殆ど出なくなるし、猛禽類も少なくなるので、以前から撮り続けていたさいたま市民の森の リスを撮影したり、花や、秋は紅葉、たまにはイベントものなんかを撮影する。

2004年 秋になってまた渡良瀬に霧が出るようになるので渡良瀬詣でをはじめる。
でも、先シーズンに比べるとコミミ、ハイイロチュウヒが少ない。
特にハイイロチュウヒのオスは一度もまともに撮影できなかった。

この時期から、自然の中の動物をメインに風景も撮ろうと決めていた。
それで、どこか動物や鳥が多くいるところへ行って思い切り撮影がしてみたくなってきた。
どうせ、遠出するなら熱帯の色鮮やかな鳥たちや,ライオン,チーターも撮ってみたい。
というわけで、かねてから行きたい行きたいと思っていたケニア行きを決意する。

2005年3月にケニアに出掛ける。
やはり、ケニアは動物の宝庫。
空も雲も素晴らしい。
一度で病みつきになってしまった。
その後、2006年9月から10月に掛けてもケニアに出掛ける。
結局、ここ2年弱の間に 計4回,通算ケニア滞在期間も2ヶ月位になってしまった。
現地滞在、2週間以上で行くと、1回100万円以上掛かってしまうので、もうこれ以上はおいそれとは行けない。

一方では、2005年も秋からは渡良瀬遊水池でまた撮影を始める。
キヤノンギャラリーは春,秋2回公募しているので、2005年秋は渡良瀬遊水池で撮った風景写真で応募するが今回もパスできなかった。

渡良瀬遊水池で撮影した写真はHPで公開していたので、玄光社 デジタルフォトテクニック誌の編集者の方が目をつけてくれて、巻頭ギャラリーを飾ることができた。
原稿料ももらえて、初めて写真でお金がもらえた。
これで、どこかからうまく引き合いが来ないかと考えていましたが、考えは甘かったですね。

2006年の春はキヤノン ギャラリーの公募展に渡良瀬で撮った風景の写真に鳥やイタチの写真も混ぜて応募することにした。
渡良瀬遊水池で撮影している人は多いが、風景を撮る人は風景のみ、鳥を撮る人は鳥のみの人が殆どだ。
そこっで、両者をうまく絡めれば個性を出せるかもと考えたからだ。
狙いは見事に当たって、見事に審査に通ったとの連絡が来た。
2006年 
'06年8月31(木)〜9月6日(水)には銀座の キヤノン ギャラリーで、10/05(木)〜10月11(水)には大阪 梅田のキヤノン ギャラリーで念願の個展が開催できた。
どちらも、予想以上の多くのお客様にお越しいただき、感謝感激でした。
でも、結局これも先のビジネスにはつながっていない。

ネットを通じて知り合ったチーター保護団体(CCFJ)開催イベントでチーターの写真の展示依頼があり、2006年10月に東京 銀座 さえずり館で チーターの写真を展示できた。
こちらも、多数のお客様にお越しいただけ感謝感激でした。
この展示会を通じ何枚かチーターの写真を買っていただいた方もいて、本当に感謝感激です。

リスの写真も可愛いから欲しいとか、出版すれば買ってあげるよと言う人は結構いるのだが、自費出版するのはリスクが大きすぎ。

結局、あれだけ通ったフィリピンなのに、もう4年以上行っていない。
ダイビングショップとも連絡すらとっていないので、機材はもう既に勝手に使われてしまっているか、捨てられてしまったいるだろう。
また、フィリピンに行きたい病も再燃しているのだが、今更機材を揃え直してというのでは、水中写真でプロを目指すぞという相当の覚悟が必要だ。
そういえば、かってフィリピンのツアー会社と行き違いがあって、その後何年かフィリピンに行かなかったら、アポアイランドの子供達の一人から、お姉さんも私も寂しいからまた是非来てくださいと手紙が来た。
それで、またフィリピン通いを再開したこともあったなー。
でも、その時とは状況が全く違う。

私に残された時間とお金ももう、僅か。
相当の覚悟で行かないともう後はないだろう。

当面は2007年3/24 東京 銀座 さえずりかんで行う「チーター親子物語」のトークショウ,3月締め切り予定 某社 出版賞の応募作創りにに集中するしかないでしょう。

ケニアで撮った写真の見せ方も考えないといけないし。

そうとう、横道にそれてしまいましたが、、2002/05/21〜06/02 フィリピン ドマゲティ 撮影記もこれで終わりです。

長いこと、おつき合いしていただいた皆様、本当にありがとうございました。

次の撮影記は、いつ書けることやら。
また、機会があればおつき合いください。

 

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